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大阪高等裁判所 平成2年(ネ)2784号 判決 1992年1月22日

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金一一九一万円及びこれに対する昭和六〇年六月一一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その二を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

事実

第一  申立

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年六月一一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  主張及び証拠関係

当事者の主張及び証拠関係は、以下に付加、訂正、削除する以外は原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決事実摘示中の「ピーク・ア・プー」を全部「ピーク・ア・ブー」と改める。

2  原判決二枚目表二、三行目の各「取引契約」の前に「本件」を、同五行目の「別紙」の前に「新築予定の」を、同行の「建物(」の次に「契約書上の表示は『鉄骨陸屋根二階建スタジオ 床面積九三四・七三平方メートル』、」を、同六行目の「賃貸借契約」の次に「(以下「本件賃貸借契約」という。)」を、それぞれ加え、同七行目の「差し入れた」を「差し入れる予定の」と、同七、八行目の「後に三〇〇〇万円に変更」を「前記建物のうち二階サロン部分八三平方メートルが後日賃貸対象から除外され、金額も、昭和六〇年一二月までに交付ずみであった三〇〇〇万円に変更された。」とそれぞれ改め、同八行目の「敷金返還請求権」の次に「(以下(本件敷金返還請求権」という。)」を、同行の「契約」の次に「(以下「本件質権設定契約」という。)」を、同九行目の「確定日附」の前に「同年九月七日付けの」を、同一〇行目の「取引契約」の前に「本件」を、それぞれ加え、同裏一行目の「本件建物賃貸借契約」を「本件賃貸借契約」と、同四行目の「敷金返還の弁済期日」を「敷金返還期日」と、同五行目の「右時期でない」を「右時期に明渡が完了していなかった」と、同六行目の「締結した」を「締結して賃借人の地位を受け継いだ」と、同七、八行目の「から本件」から同八、九行目の「一日に」までを「から昭和六一年五月一日に本件建物の明渡しを受けたので、同日」と、同九行目の「敷金返還の弁済期日」を「敷金返還期日」と、同一〇行目の「敷金返還請求権」から三枚目表一行目の冒頭までを「質権に基づく取立権により、被告に対し、右敷金返還請求権のうち自己の債権額に対する部分金二〇〇〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和六〇年六月一一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と、それぞれ改める。

3  同三枚目裏三行目を全部削除し、同五行目の「契約は、敷金の返還につき、次の特約がある。」を「契約の締結後、昭和五九年八月三〇日に、敷金の返還につき、当事者間で次のような内容の特約(以下「本件特約」という。)が結ばれた。」と改める。

4  同四枚目表八行目の「原告」を「被告」と改め、同一一行目の「特約」の前に「本件」を、同一二行目の「敷金返還義務」の前に「本件」を、同末行の「しない。」の次に「したがって、」を、それぞれ加え、同裏一行目の冒頭から同四行目の「効である。」までを「仮に本件特約をもって原告に対抗できないとすれば、ケイビックの本件質権設定についての被告の承諾は、要素に錯誤のある意思表示として無効というべきである。」と改め、同四行目の「につき」の次に「本件」を、同七、八、一二、一三行目の各「特約」の前にいずれも「本件」を、それぞれ加える。

5  同五枚目表二行目の「承諾に」の次に「は要素の」を加え、同行の「原告に」から同四行目の「無効である。」までを削除し、同五行目の「敷金は」の前に「仮に右承諾が有効であるとしても、」を、同裏三行目の「賃貸借契約」の前に「本件」を、それぞれ加える。

6  同六枚目表二行目の「特殊建物」の前に「スタジオ用」を加え、同裏三行目の「本件建物賃貸借契約」を「本件賃貸借契約の内容」と改める。

7  同七枚目裏二行目の「争う。」を「否認する。」と改め、同三行目の「特約」の前に「本件」を加え、同八行目の「争う。」を「否認する。」と改めたうえ、これに続け「仮に被告がその主張のようなつもりで承諾し、その点において錯誤があったとしても、被告が特約付きの敷金返還請求権の質入れについて承諾するつもりで本件承諾をしたものであることはなんら表示されておらず、承諾の相手方である原告が被告に錯誤のあることを知り、または、知りうべき状況には全くなかったのであるから、その錯誤は法律行為の要素の錯誤としてこれを無効ならしめるものではない。」を加え、同八、九行目の「争う。」を「否認する。」と改め、同九行目の次に改行のうえ「ケイビックの代理人である吉井正明弁護士は、昭和六一年五月七日、被告の代理人である藤原忠弁護士から本件建物からケイビック所有物件の搬出をするようにとの申し入れを受けて、同月一四日付書面により物件確認のうえ搬出する旨回答するとともに、同月末日頃までに現場に赴き、被告の代理人である大谷清の立会いの下にケイビック所有の商品、什器備品等を確認して搬出しようとしたところ、大谷から右什器備品のうち被告に必要なものを買い取りたいとの申し出があったので、それに応じるためとりあえず搬出を見合わせた。ところが、その後、被告より何らの申し出もなく、同年九月末日に被告は継続していたスタジオ営業を廃止してしまった。そこで、ケイビック側から再度搬出方を申し入れたところ、被告はこれを拒否したものである。右のような事情であるから、少なくとも吉井弁護士が現場に赴いて明渡義務の履行の提供をした昭和六一年五月末日以降は被告に受領遅滞があり、ケイビックには被告に対し本件建物の賃料相当損害金の支払義務はないというべきである。」を、同一〇行目冒頭の「敷金」の前に「また、」を、同末行の「再抗弁」の次に「(抗弁1、2に対し)」を、それぞれ加える。

8  同八枚目表一行目の「特約」の前に「本件」を、同三行目の「特約は、」の次に「弱い立場にある賃借人に不当な不利益を甘受させる内容のものであって」を、同行の「無効である。」の次に「また、被告は、本件質権設定について承諾するに際し、なんらの異議もとどめなかったものであるから、本件特約をもって原告に対抗することはできない。」を、同五行目の「被告は」の次に「不動産販売を業とする会社の代表者として不動産賃貸借に関する取引にも精通していながら、自己の使者あるいは代理人である大和ハウス株式会社神戸支店の平塚某をして」を、それぞれ加え、同八行目の「原告から貸付金を」を「原告からケイビックに対する貸付金二〇〇〇万円をそのまま敷金の内金として」と、同九行目の「質権設定」を「本件質権設定契約」と、同一二行目の「争う。」を「否認する。」と、それぞれ改め、同裏一行目の「記録中の」の次に「原、当審における」を加える。

理由

一  請求原因について

この点に関する当裁判所の判断は、以下に付加、訂正、削除する以外は、原判決の理由説示(同判決八枚目裏四行目冒頭から同一一枚目表一行目末尾まで)と同一であるからこれを引用する。

1  原判決理由中の「ピーク・ア・プー」をすべて「ピーク・ア・ブー」と改める。

2  原判決八枚目裏七行目の「本件建物賃貸借契約」を「本件賃貸借契約」と改め、同一〇行目の「甲第七号証」の次に「(原本の存在も含む。)」を、同一一、一二行目の「甲第一一号証の一ないし五、」の次に「証人水谷泰の証言により成立を認めうる乙第二一ないし第二三号証の各一、二、検乙第二号証の一、二」を、それぞれ加える。

3  同九枚目表二行目「本件建物の賃貸借契約」を「本件賃貸借契約(当初は二階サロン部分を含めた本件建物全体が賃貸借の対象で、ケンビックが二階サロン部分を転貸する予定であったが、その後、ケイビックが敷金四五〇〇万円のうち三〇〇〇万円しか差し入れることができなかったため、右二階サロン部分が賃貸借の対象から除外され、昭和六〇年六月二七日、浅倉敏弘に賃貸された。)」と改め、同裏五行目の「賃貸借契約」の前に「本件」を加え、同九行目の「一方的と反発し、」を「一方的で本件賃貸借契約は合意により解約されていないとして、」と、同一二行目の「をやめた」を「しなくなってしまった」と、同末行から同一〇枚目表一行目の「引き継ぐこととして、」を「引き継ぐべく、」と、それぞれ改める。

4  同一〇枚目表三行目の「原告」の前に「質権者である」を加え、同五行目の「を設定した」を「の設定されている」と改め、同七行目の「そのうち」の次に「、ケイビックと共に本件建物を共同して使用していた」を、同一二行目の「退去した後も、」の次に「什器備品、機械等の所有物件及び」を、それぞれ加え、同末行の「ケイビックの営業を引き継いだ」を削除し、同裏五行目の「申し入れていた」の次に「ものの、自己所有物件とリース物件とを明確に区分しないままで放置していたところ、同年七月九日及び同一六日の二日間で、リース会社担当者の立会の下自己所有物件とリース物件とを確認して区分するとともに、昭和六二年一月中旬と同年四月四日の二度にわたり、自己所有物件を本件建物から搬出した。また、右リース物件も遅くとも同月末までには搬出され、同建物は完全に被告の占有下におかれることとなった。」を、それぞれ加え、同一〇行目の「同年五月から」を「昭和六一年五月から前記所有物件及びリース物件が放置されたままの」と改め、同一〇行目の「被告において管理するに」からに同末行の「しかし、」までを「管理し、新たにスタジオとして営業する賃借人を探していたが、」を加える。

5  同一一枚目表三行目の「被告は」を削り、同五行目の「契約は」の次に「昭和五九年一〇月一日に」を加え、同七行目の「営業を引き継ぎ、本件建物を占有使用して」を「営業を引き継ぐ予定で本件建物をケイビックと共に占有使用して」と、同一〇行目の「本件建物賃貸借契約」を「本件賃貸借契約」と、同一一行目の「五月一日には終了し、」を「四月下旬には当事者間の黙示の合意解約によって終了し、前記所有物件及びリース物件の搬出が完了して本件建物が完全に被告の占有下に置かれることとなった昭和六二年四月末日には」と、それぞれ改め、同一二行目の「そうすると」から同裏一行目の「べきである。」までを削除する。

二  抗弁について

1  本件特約の存否

この点に関する当裁判所の判断は、以下に付加、訂正、削除する以外は、原判決の理由説示(同判決一一枚目裏四行目冒頭から同一五枚目表七行目末尾まで)と同一であるからこれを引用する。

原判決一一枚目裏五行目の「第七号証の一、」の次に「弁論の全趣旨により成立を認めうる乙第三四号証の一ないし七、」を、同一二枚目裏末行の「建物」の前に「右趣旨を記載した」を、それぞれ加え、同一三枚目裏五行目の「話し合い、」の次に「同年八月三〇日ころ、」を加え、同九行目の「をした。そして八月三〇日ころ」を「(本件特約)を結ぶとともに、」と、同一〇行目の「割合の特約」を「割合を定めた本件特約」と、同一四枚目表四、五行目の「なる書面」を「の用紙」と、同一一行目の「原告」を「被告」と、同一五枚目表七行目の「割合の特約」を「割合を定めた本件特約」と、それぞれ改める。

2  原告に対する本件特約の対抗の成否

本件質権の設定につき被告が確定日付のある証書をもってする承諾をしたことは前記のとおり当事者間に争いがないところ、藤原及び平塚を介して、右承諾書が本件特約の記載されていない建物賃貸借契約書とともに被告より原告に交付されたことは前記認定のとおりであるから、右承諾は異議をとどめない承諾であったと認めるのが相当である。そうすると、被告は、ケイビックに対して主張することのできる本件特約をもって、質権者である原告に対しては対抗することができないものといわなければならない。

3  要素の錯誤の成否

前記認定の事実関係によれば、被告が本件質権の設定について承諾するにいたったのは、敷金の返還について本件特約が結ばれており、それを質権者に対して主張することができると思っていたことが窺われないではないので、本件特約をもって質権者である原告に対抗することができないこと右のとおりである以上、その点において被告に錯誤があったといわざるをえないようである。しかしながら、その錯誤は要するに承諾の意思表示をするにいたった動機における錯誤であって、承諾の意思表示自体の錯誤でないというべきところ、いわゆる動機の錯誤は、その動機が表示されて相手方が認識しているときに限って要素の錯誤として法律行為を無効ならしめるものと解するのが相当である。しかるに、本件の場合、前記認定の事実関係によれば、被告の右動機がなんら表示されていなかったことが明らかであるから、結局、右承諾に要素の錯誤があったものと認めることはできず、それを理由に承諾の無効をいう被告の主張は採用するに由ないといわなければならない。

4  返還すべき敷金の額

以上のとおりであるとすると、本件賃貸借契約が終了し、ケイビックが本件建物を明け渡した昭和六二年四月末日、本件敷金の返還請求権が具体的な権利として発生し、原告はその質権者として被告に対し、直接その返還を請求することができることとなったものというべきである。

ところで、建物賃貸借における敷金は、賃貸借終了後建物明渡義務履行までに生ずる賃料相当額の損害金債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得する一切の債権を担保するものであり、敷金返還請求権は、賃貸借終了後建物明渡完了の時においてそれまでに生じた右被担保債権を控除しなお残額がある場合に、その残額につき具体的に発生するものと解すべきである(最高裁判所昭和四八年二月二日第二小法廷判決、民集二七巻一号八〇頁参照)。

そこで以下、本件敷金から控除すべき被担保債権の額につき検討することとする。

(一)  賃料相当損害金

前記認定のとおり、本件賃貸借契約が昭和六一年四月下旬には終了し、遅くとも昭和六二年四月末日には本件建物の明渡が完了したことは前記認定のとおりであるところ、前掲乙第七号証の二、証人木下利彦の証言、被告本人尋問の結果によれば、本件建物の賃料(当初は月額一六二万円、二階サロン部分が賃貸借の対象から除外された後は月額一五五万円)については、ケイビックの倒産後は木下利彦が立替払いするなどして昭和六一年四月末日までの分が支払いずみであること、昭和六一年五月一日から昭和六二年四月末日までの本件建物の賃料相当損害金は月額一五五万円の一二か月分で合計金一八六〇万円であると認められ、右金員から被告が本件建物の二階事務室のうち一室の転借人から賃料として受領したと自認する五一万円を控除すると残額一八〇九万円となり、これが敷金から控除すべき本件建物の賃料相当損害金となる。

(二)  改装工事費用

被告は本件賃貸借契約終了後の本件建物の改装工事費用を敷金から控除すべきであると主張するところ、本件建物がスタジオ用として新築されたうえ賃貸されたものであることは前記のとおりであるが、右契約に基づく賃借人の原状回復義務の中に、破損個所の修理と設置した造作その他の設備の撤去義務のほか、さらにこれを第三者に賃貸し易いように改装する工事を施行すべき義務まで含まれていたものとは到底認めることができないから、右改装工事費用を敷金から控除すべきものとする被告の主張は採用することができない。

(三)  立替内装工事費用

被告は、本件建物の二階サロンの内装工事費用としてシンタニに立替払いした九〇〇万円も敷金から控除すべきであると主張し、被告本人尋問の結果とこれにより真正に成立したものと認められる乙第一一号証の一、二、第三〇ないし第三二号証(乙第三〇ないし第三二号証は原本の存在も含む。)によれば、右内装工事はケイビックが注文したものであり、その工事代金が九〇〇万円であったこと、被告が右代金として昭和六〇年七月五日に五〇〇万円、同月三〇日に四〇〇万円、合計金九〇〇万円をケイビックのために立替えて支払ったことが認められるけれども、右立替金が本件賃貸借契約に基づく賃借人の義務の不履行による損害金に当たらないことは明らかであるから、これを敷金から控除することはできない。

(四)  立退料

さらに、被告は、本件建物の二階事務室の一室を転借していたトップアンドラッシュに対する立退料一五一万円を転貸人であるケイビックに代って支払ったので、これも敷金から控除すべき旨主張するけれども、この立替金が本件賃貸借契約に基づく賃借人の義務の不履行による損害金でないことは明らかであるから、これもまた敷金から控除されるべき金員には該当しない。

そうすると、敷金から控除すべき金員は本件建物の賃料相当損害金一八〇九万円であり、ケイビックが被告に差入れていた本件建物の敷金は三〇〇〇万円であるから右金員を控除した残額一一九一万円が返還すべき敷金の額となる。

この点につき、被告はケイビックの代理人である吉井弁護士が現場に赴き、本件建物の明渡義務の履行の提供をした昭和六一年五月末日以降は被告の受領遅滞があり、ケイビックには被告に対し本件建物の賃貸借契約終了後の賃料相当損害金の支払義務はない旨主張するが、本件建物の明渡義務の履行の提供及び受領拒絶の事実を認むべき的確な証拠は見当たらないので、右主張を採用することはできない。

三  よって、原告の本訴請求は、金一一九一万円及びこれに対する本件質権の被担保債権の弁済期の翌日である昭和六〇年六月一一日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当として認容し、その余は失当として棄却すべきところ、これを全部棄却した原判決は右の限度で不当であるから右のとおり変更することとし、民訴法九六条、九二条本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。

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